NIMDフォーラム2022開催報告

テーマ メチル水銀中毒の未然防止を目指して
開催日 2022年11月29日(水)、30日(木)
会場 水俣病情報センター 講堂

 
 
セッション1

 
演題1 「オレアノール酸-3-グルコシドのメチル水銀毒性に対する保護効果」
中村 亮介(北里大学・薬学部)

メチル水銀(MeHg)のばく露は、水俣病に代表される中枢神経系への毒性をはじめ、様々な臓器への影響が示されている。MeHgは食物連鎖によって魚介類に生物濃縮され、その魚介類を摂取することで現在でも我々は、継続的に低濃度MeHgにばく露されている。しかし、我々が日常的に摂取する低濃度のMeHgの影響やMeHgの解毒薬については、十分に検討されていないのが現状である。
こで本研究では、抗MeHg薬となり得る化合物を見出すことを目的とし、合成オレアナン系サポニン誘導体の抗MeHg作用についてin vitroおよびin vivoで評価した。我々は、認知機能改善効果を持つ生薬オンジに注目し、オンジサポニンの構造を簡略化した化合物を合成した。オレアノール酸骨格のC3位またはC23位に単糖が結合したサポニン誘導体を合成し、抗MeHg活性をin vitroで検討した。その結果、オレアノール酸のC3位にグルコースが結合したオレアノール酸-3-グルコシド(OA3Glu)が大腸癌由来Caco-2細胞のMeHgによる細胞死を抑制した。さらにOA3Gluは、in vivoにおいてMeHgを経口投与したマウスの肝臓、腎臓、脳への水銀の蓄積を抑制した。これらの結果からOA3Gluが抗MeHg薬となる可能性が示された1,2)。続いて、MeHg毒性に対するOA3Gluの保護効果を検証するため、これまでの実験で使用した濃度よりも高濃度のMeHgをマウスに経口投与し、dynamic weight bearing testと電気生理学的手法によりOA3GluのMeHgに対する保護効果を検討した。その結果、OA3GluがMeHgによる小脳プルキンエ細胞死およびシナプス伝達障害を緩和することが示唆された。これらのことから、OA3GluはMeHg毒性に対する保護効果を持つ新規治療薬の候補となり得ることが示された。


 
演題2 「水銀曝露障害の軽減を目的とする健康補助食品としての細菌」
Manuel Zúñiga(スペイン 農芸化学・食品技術研究所・食品バイオテクノロジー部)

食物は多くの場合、水銀曝露の主なリスク要因である。特に、大型の肉食魚類の摂食は水銀曝露の主な要因であると同時に、多価不飽和脂肪酸などの必須栄養素の主な供給源である。したがって、腸から水銀の吸収を減らす栄養補助食品を考案することは、これら水産物の摂食に伴うリスクを減らす有望な方策である。消化管への重金属毒性を軽減するプロバイオティクスとして、乳酸菌(LAB)の利用が提案されている。そこで我々は、腸上皮細胞Caco-2およびHT29-MTX、THP-1由来のマクロファージ様細胞から成るモデルを用いて乳酸菌の有効性を調べた(1)。1 mg/ml の水銀(Hg(Ⅱ)またはメチル水銀)に7日間曝露したところ、主にマクロファージを介した炎症反応と酸化ストレス反応を生じた。けれども、水銀曝露下で加熱殺菌した乳酸菌(Lactobacillus intestinalis菌株またはLactobacillus johnsonii菌株)が存在すると、これらの影響はなくなりパラメータのほとんどが対照群と同様の値に回復した。また、いずれの乳酸菌も、培養条件下でHg(Ⅱ)およびメチル水銀と結合する能力を示した。これは、水銀毒性を軽減する主なメカニズムが水銀の捕捉であることを示唆している。しかしながら、水銀の捕捉能および効果の菌株間の差は、他のメカニズムが水銀毒性の軽減に関与している可能性を示唆している。さらに、これらの結果はHg(Ⅱ)またはメチル水銀を2ヶ月間曝露したマウスでも確認され、いずれかの生きた乳酸菌株(生菌)を与えると炎症反応、酸化ストレス反応および腸粘膜の損傷が減少した。また菌株間の差が観察され、乳酸菌による水銀毒性の軽減は菌株によることが強調された。

 

 
セッション2

 
演題1 「メチル水銀の体内蓄積量減少を目的とした機能性食品素材の有用性:小麦ふすまとフラクトオリゴ糖」
永野 匡昭(国立水俣病総合研究センター基礎研究部衛生化学研究室主任研究員)

メチル水銀(MeHg)はどこにでも存在する環境汚染物質であり、よく知られた神経毒性物質である。特に妊娠中の魚介類摂食を介した MeHg 曝露は、胎児への影響を考慮し多くの地域で懸念されている。バクテロイデス、ビフィズス菌、大腸菌および乳酸桿菌といった腸内細菌は MeHg に対して高い代謝(脱メチル化)活性を有しており1)、MeHg の糞便への排泄に寄与している可能性がある。本研究では、雌マウスを用いてMeHg投与後の水銀の蓄積と排泄に対するフラクトオリゴ糖(FOS)の影響について検討を行った。FOSは代表的な難消化性オリゴ糖であり、プレバイオティクスである。マウスに基礎飼料または5% FOS配合飼料を6週間与えたのちMeHg(4 mg Hg/kg)を単回経口投与したところ、FOS摂取によりマウスの組織中水銀量は減少し、糞への水銀排泄量は増大した2)。一方、尿では変わらなかった。組織中無機水銀(Hg2+)濃度、糞中Hg2+の割合および糞を用いた腸内フローラ解析から、FOSが腸内細菌によるMeHgの脱メチル化を促進した可能性が示唆された。MeHg 投与前に小麦の表皮である小麦ふすま(ふすま)を長期間摂取すると、雄マウスの脳および血液中の総水銀濃度が減少する3) ことが報告されているが、そのメカニズムはよくわかっていない。そこで、雌マウスを用いてMeHg投与後にふすまを摂取した場合においても水銀の蓄積が減少するのか検討した。MeHg単回経口投与(4 mg Hg/kg)直後から基礎飼料、5%または15%ふすま配合基礎飼料を与えたところ、ふすま摂取によりマウスの血液、脳、肝臓および腎臓中総水銀濃度は減少し、尿および糞中の水銀排泄量は増加した4)。結論として、FOS などの難消化性オリゴ糖やふすまの日常的な摂取は、ヒトにおけるHg蓄積量の減少と MeHg の健康へのリスクを軽減するのに役立つ可能性がある。


 
演題2 「メチル水銀の脱メチル化と毒性軽減における微生物要因」
Matthew D. Rand(アメリカ ロチェスター大学・医歯学部)

腸内細菌によるメチル水銀の生体内変換(脱メチル化)は、メチル水銀の排泄を速める(生物学的半減期 (t1/2) を短くする)と考えられている。 個々の生物学的半減期は、魚の摂取などを介したメチル水銀の体内蓄積量を左右する。ヒトを対象とした我々の研究では、メチル水銀の排泄速度が糞便における脱メチル化の割合と関連があり、さらに抗生物質を服用している被験者ではその排泄速度は遅くなることが示されている。merB(有機水銀リアーゼ)および merA(水銀レダクターゼ)遺伝子にコードされる細菌の酵素は、メチル水銀を生体内変換できる唯一の酵素として知られており、MerBとMerA が順次作用してメチル水銀をHg2+にし(脱メチル化)、Hg2+を元素状水銀 (Hg0) に還元する。ヒトまたはげっ歯類の腸内細菌におけるmerB/Aの科学的根拠には一貫性がない。さらに、メチル水銀の脱メチル化または還元能を有する真核細胞の酵素に関しての根拠はない。このように、動物やヒトにおける脱メチル化のメカニズムは不明のままである。そこで我々は、細菌および動物(ショウジョウバエ)でMerB酵素を発現させることにより、メチル水銀毒性の軽減におけるメチル水銀の脱メチル化の役割を調べた。その結果、細菌では、還元を伴わないメチル水銀の脱メチル化はより強い毒性を引き起こすことが明らかとなった。一方、細菌由来のmerB遺伝子を発現するよう遺伝子組換えしたショウジョウバエでは、還元を伴うメチル水銀の脱メチル化は発達期のメチル水銀毒性を防いだ。対照群のハエと比較して、MerBの発現はメチル水銀の体内蓄積量の有意な減少をもたらした。神経細胞特異的にmerBを発現させると、脳組織以外への水銀の再分布により、メチル水銀が引き起こす発達障害を防ぐことを観察した。これらの結果は、これまで明らかにされなかった細胞におけるメチル水銀の脱メチル化が水銀の輸送と除去を促進し、発達期におけるメチル水銀毒性を軽減する可能性を示している。

 

 
セッション3

 
演題1 「メチル水銀の神経毒性に対するドコサヘキサエン酸(DHA)及びその代謝物の保護作用について」
大黒 亜美(広島大学・大学院医系科学研究科)

ドコサヘキサエン酸DHAは魚介類に多く含まれており、妊婦の魚介類を介したDHA摂取は仔の正常な脳発達に有効である一方で、魚介類の多量な摂取はメチル水銀の胎児への神経毒性が危惧されている。セーシェル共和国やフェロー諸島におけるコホート研究から、DHAなどのω-3多価不飽和脂肪酸の摂取はメチル水銀による仔の神経毒性をある程度マスクしていることが示唆されているが、その作用機序は十分には明らかとなっていない。我々は、DHAは転写因子RXRを介してカタラーゼやSOD1などの抗酸化酵素の発現を誘導し、メチル水銀により増加する活性酸素を抑制することで、メチル水銀による神経障害を抑制することを明らかにした。一方でDHAは摂取された後、生体内で様々な代謝物へと変換される。これまでの我々の研究により、DHAからチトクロームP450及び可溶性エポキシド加水分解酵素(sEH)より生成するDHA代謝物がDHAよりも強い神経保護効果を持つこと、またDHA摂取により脳内で増加することを見出している。そこで、DHA代謝物に着目して検討したところ、DHAジオール体(19,20-DHDP)は神経細胞において、抗酸化因子であるNrf2の安定化を促進し、メチル水銀毒性に対して軽減作用を示すことを見出した。そこで、in vivoにおいてマウス母体にメチル水銀と共にDHAを摂取させたところ、メチル水銀による仔の成長後の神経障害が抑制された。そこで胎児及び乳児の脳内DHA及びDHA代謝物を解析したところ、母体のDHA摂取によりDHAのみならず19,20-DHDPが顕著に増加していることが示された。また母体のDHA摂取は母乳中の19,20-DHDPも顕著に増加させることが明らかとなった。さらに母体のDHA摂取は、仔マウスの海馬や大脳皮質における過酸化脂質を抑制した。本研究により、DHAのみならずDHA代謝物もメチル水銀毒性を軽減する作用を持つことが示され、DHA代謝物は母体から仔へ積極的に移行している可能性が示された。従って、母体におけるDHAを多く含む魚介類の摂取や、サプリメント等によるDHAやその代謝物の摂取は仔のメチル水銀毒性軽減に有効であると考えられる。


 
演題2 「ヒトLRRK2は線虫において発達期のメチル水銀曝露による加齢依存的な影響を調節する」
Michael Aschner, and Tao Ke(アメリカ アルバート・アインシュタイン医科大学 分子薬理学教室)

メチル水銀 (MeHg) の神経毒性は、生物において潜在的および (または) 持続的に加齢依存的な影響を示す。MeHg神経毒性に対する生物個体ごとの感受性は、曝露期間と、曝露により生じる病理過程を憎悪または軽減する遺伝的要因の両方によって規定される。我々は以前に、ロイシンリッチリピートキナーゼ2 (LRRK2) のG2019S変異が、高用量MeHg曝露において線虫の反応を変化させること、線虫の頭部 (CEP) に存在するドーパミン作動性神経細胞のシナプス小胞形態へのMeHgの影響を緩和することを報告した。本研究では、低用量(先行報告より100倍低濃度)でのMeHg曝露による長期的な影響と、LRRK2変異の調節的役割について、より理解を深めることを目指した。線虫を幼虫期 (L1期) にMeHg曝露 (10または50 nM) し、成虫期(若年:成虫1日目、中年:成虫5日目、老年:成虫10日目)において、M9緩衝液中での遊泳速度、大腸菌OP50株播種プレート上での移動速度、CEPドーパミン作動性神経細胞のシナプス小胞数、CEP樹状突起由来の細胞内輸送を担う小胞構造を比較した。さらに、線虫ホモログのドーパミントランスポーター (dat-1)とチロシンヒドロキシラーゼ (cat-2) の発現量を成虫期に解析した。その結果、成虫期10日目において、野生型では50 nM MeHg曝露で遊泳速度が低下したが、同様の低下はヒトLRRK2 G2019S変異体遺伝子を導入した線虫においては、より低い10 nM MeHg曝露で生じた。移動速度は両者に違いを生じなかったため、遊泳速度のほうが発達期のMeHg曝露による行動への影響を受けやすいと思われる。さらに、LRRK2変異が加齢依存的なdat-1とcat-2の発現を変調しうることが示された。加齢線虫において、MeHg曝露はシナプス小胞数を変化させなかったが、LRRK2変異はシナプス小胞数を増加させた。我々の結果は、MeHgによる潜在的な行動影響がLRRK2のG2019S変異によって増幅することを示唆し、これにはドーパミン作動性シグナルの加齢依存的な変化が関わっている可能性が示された。

 

 
セッション4

 
演題1 「メチル水銀の毒性センサーの開発」
住岡 暁夫(国立水俣病総合研究センター・基礎研究部生理影響研究室主任研究員)

メチル水銀 (MeHg) は環境中の汚染物質で、cysteineとの抱合体はメチオニン様構造をとり血液脳関門を通過することで、中枢神経系に障害をもたらす。そして障害を受けて変性した神経細胞の再生は困難であるため、MeHgによる毒性を早期に捉え事前に予防することが特に重要である。そこでMeHgの毒性をモニターし予防法の研究に役立てるため、MeHgの毒性センサーの開発を目指した。
MeHgの毒性センサーの開発あたっては、MeHg曝露によるセレノプロテインの翻訳異常に注目した。タグを挿入したTrxR1を培養細胞に発現させ、MeHgに曝露したところ、セレノシステイン(Sec)の挿入が阻害され、不完全長タンパク質の発現が観察された。この現象を利用し、Luciferase遺伝子内のCysをSecに置換したセンサーベクターLuc-Secを設計した。そして、構築したLuc-Secベクターを培養細胞に導入したところ、MeHg依存的なLuciferaseシグナルの低下を確認した。
次にMeHg依存的にシグナルを増加するセンサーの開発を目指した。セレノプロテインにカルボキシル末端側に分解配列を挿入して、不完全長タンパク質をモニターしたところ、MeHg非曝露下でも強いシグナルを示し、平常時のSec挿入の低効率性が確認された。既存のSec挿入の調節因子を検証したが、未知のメカニズムによって調整を受けていることが明らかになった。そこで、新たに転写抑制因子内にSecを挿入したKrab-Uとこれに調節を受けるpCTre-Luc (krab-U/Luc)を設計した。krab-U/Lucを培養細胞に導入したしたところ、MeHg依存的なLuciferaseシグナル増大が確認できた。さらに、krab-U/Lucのセンサーベクターとしての評価を行った。その結果、krab-U/Lucは既存の毒性センサーに比べて十分なシグナルの強度と、MeHgの用量依存性、作用時間依存性、他の毒性物質に比べてシグナルの特異性が確認され、MeHgの毒性センサーとして十分な機能を有していることが明らかになった。
今回作成したMeHgの毒性センサーは、MeHgによる毒性の初期段階を捉えることで、これを予防する薬剤などの探索に役立てたい。また、既存の毒性センサーと併用することで、MeHgの毒性の標的特異性やメカニズムの理解に役立てたい。


 
演題2 「溶解有機物に結合した二価水銀の魚への生物学的利用能、及び鳥、魚、及びミミズにおけるメチル水銀の脱メチル化による水銀解毒」
RJean-Paul Bourdineaud(フランス ボルドー大学基礎微生物学及び病原性研究所)

鳥の一種であるクビナガカイツブリを金属汚染地域から採取し、HR-XANES と呼ばれる高エネルギー分解能 X 線吸収端構造分光法を使用して解析を行った結果、組織内に様々な水銀種を特定した。
クビナガカイツブリの羽毛と脳には、総水銀としてシステインが付加したメチル水銀が 100% 含まれていた。 逆に、肝臓には、テトラセレノシステイン化物に対応する四面体種が含まれていた。 クビナガカイツブリの臓器におけるテトラセレン化種の割合は、肝臓で 86%、腎臓で 59%、筋肉で 11%であり、脳では検出限界以下であった。
また、ミミズを工業地帯で採取し、解析を行った。ミミズ組織内におけるメチル水銀の割合は、28~50%と非常に高かったが、土壌で検出されたメチル水銀の割合は3%以下であった。この結果は、ミミズの消化器官内に水銀をメチル化するゲオバクター属のバクテリアが存在することで説明できる。腸内のメチル化水銀は、テトラセレノシステイン化物の形成を通じて組織内でさらに脱メチル化され、その割合は 25 ~ 72% の間であった。
チル水銀の脱メチル化は、アマゾン川の魚の肝臓でも観察され、テトラセレノシステイン化物が全水銀の 9 ~ 62% を占めていた。 本化合物の形成は肝臓でのみ発生しており、筋肉ではメチル化物が100% であった。
メチル水銀の脱メチル化は、脊椎動物においてはセレノプロテイン Pによって、ミミズにおいてはテトラセレノシステイン化水銀の形成を触媒するセレノネインまたは低分子量セレノ化合物の介在作用によって発生した。 以上の経路によって、ナノ粒子のセレン化水銀、またはタイマンナイトが最終的に堆積した。

 

 
セッション5

 
演題1 「メチル水銀毒性におけるラベンシュタイン反応の重要性:何が欠けているのか?」
João B T Rocha(ブラジル サンタマリア連邦大学 生化学・分子生物学教室)

メチル水銀(CH3Hg+)は、生体分子中のソフトな求核部分に強い親和性をもつソフトな親電子物質である。一般的に生体分子には、チオール(-SH)とセレノール(-SeH)の2種類のソフトな求核部位が存在する。-SH基は低分子から高分子にわたる生体分子に存在する(例:システイン、還元型グルタチオン [GSH])。一方、-SeH基は僅少であり、抗酸化作用をもつ少数のセレンタンパク質とセレン酵素に存在する。CH3Hg+とR-XH(X=SまたはSe)の反応速度定数は非常に高く拡散律速である。それにもかかわらず、CH3Hg-X-R複合体はフリーのR-XH含有分子と容易に交換反応することができる(ラベンシュタイン反応)。しかし、ラベンシュタイン反応は、分析上の要件からか体系だった研究がなされていない。CH3Hg¬-XRと関連する様々なチオール基(システイン、N-アセチルシステイン、ヒト血漿アルブミン、ヘモグロビン等)との交換定数を決定することは、人体におけるCH3Hg+の運命をより適切に予測するために有用であろう。CH3Hg+-S-R(R=システインまたはGSH)の優先的な標的がどのセレンタンパク質またはチオールタンパク質であるかを理解するためには、セレンタンパク質および他の重要なチオール含有酵素との反応も重要であろう。そのようなタンパク質をオミクス手法で同定することは、CH3Hg+毒性に関する分子開始イベント(MIEs)や主要な有害性発現経路(AOP)を同定するために重要である。CH3Hg+-S-Rと低分子有機セレン化合物の相互作用の可能性は、CH3Hg+の過剰曝露を治療する新薬の開発に役立つ可能性がある。(協力:CNPq-INCT, CAPES, FAPERGS)


 
演題2 「超硫黄分子によるメチル水銀の捕獲」
安孫子 ユミ(長崎大学・生命医科学域(薬学系)衛生化学分野)

メチル水銀 (MeHg) は,親電子性を有するためにタンパク質の求核置換基であるチオール基と共有結合し,被修飾タンパク質の活性阻害を介して毒性を発揮する。MeHgはチオール基を含むトリペプチドであるグルタチオン (GSH) と反応してMeHg–GSH付加体 (MeHg–SG) を形成することで解毒・排泄が促される。我々は,求核性硫黄分子である硫化水素 (H2S) やGSHパースルフィド (GSSH),GSHポリスルフィド (GSSSG)、タンパク質結合パースルフィド、およびタンパク質結合ポリスルフィドのような超硫黄分子がMeHgと反応してビスメチル水銀スルフィド [(MeHg)2S] を生成することを報告した。細胞および個体を用いた検討で、本硫黄付加体はMeHg およびMeHg–SGよりも毒性が低いことが明らかになった。ところで,Allium sativum L. (ニンニク) は硫黄分子を豊富に含むことが知られている。一方で、ニンニク中の超硫黄分子の存在については明らかにされていなかった。ニンニクのヘキサン抽出液中とMeHgとを反応させると(MeHg)2Sが生成したことから、ニンニクの脂溶性成分にはMeHgを(MeHg)2Sに変換するような超硫黄分子が含まれることが示された。また,当該抽出液はMeHgによる細胞毒性を有意に軽減した。さらに,マウスにニンニクのヘキサン抽出液 (250 mg/kg) を投与すると、投与後2時間において血漿中のシステインパースルフィド、GSSH,H2S2,GSHおよびH2Sの濃度が有意に上昇した。MeHg (50 mg/kg) をマウスに投与すると10日以内で40%が死に至るが、MeHgとニンニクのヘキサン抽出液との同時投与ではMeHgによる毒性が緩和され、投与から10日目でも80%が生存した。本結果は、ニンニクの摂取が少なくとも(MeHg)2Sの生成を介してMeHgのタンパク質への共有結合能を失わせることでMeHg毒性を軽減することを示唆している。生体内および食品中の超硫黄分子はMeHgの捕獲を介して、本有機金属摂取による健康リスクを軽減することができるかもしれない。


 
演題3 「メチル水銀毒性に対する超硫黄分子の保護機能」
鵜木 隆光(国立水俣病総合研究センター基礎研究部衛生化学研究室主任研究員)

メチル水銀 (MeHg) は親電子性を有し、生体内でシステイン残基などの求核置換基への共有結合によってタンパク質機能を変調し毒性をもたらす。転写因子NF-E2-関連因子2 (Nrf2) は、MeHgのグルタチオン付加体形成とそれに次ぐ細胞外排出を促進してMeHgを解毒する。一方、生体内でシスタチオニンγ-リアーゼ (CSE) 等の酵素により産生され、高い求核性を有する超硫黄分子は、MeHgと反応して硫黄付加体のビスメチル水銀スルフィドを形成し、解毒能を発揮することが明らかとなった1)。そこで本研究では、MeHg毒性防御におけるNrf2およびCSEの寄与を評価した。Nrf2またはCSEを欠失 (KO) したマウスは、いずれも野生型に比しMeHgに脆弱性を示したが、Nrf2/CSE両欠失 (DKO) マウスはさらに高い脆弱性を示した2)。初代培養肝細胞を用いた解析において、DKO細胞はNrf2またはCSE単独KO細胞に比し、MeHgを含め種々の環境中親電子物質に脆弱であった2)。これらの結果は、生体内ではNrf2が制御する解毒機構に並行して、CSEが産生する超硫黄分子を介した解毒機構もMeHg毒性防御に必須の役割を果たすことを示唆した。ヒトおよび動物モデルにおいて、MeHgへの感受性は発達段階や部位に特異性を示す。そこでラット脳を対象に生体内の超硫黄分子の分布特異性とMeHg感受性の関連を解析した。MeHgに高い脆弱性を示す胎児期や幼若期のラット脳では、成体のそれに比して超硫黄分子の含量が僅少であった3)。また、成体ラット脳の部位特異的な解析の結果、MeHgに脆弱性を示す小脳は、抵抗性を示す海馬に比して超硫黄分子量が僅少であった3)。MeHg曝露下では、いずれの脳部位でも超硫黄分子が経時的に減少したが、海馬は小脳に比して高い存在量を維持していた3)。より微視的に小脳の層構造特異的に同様の解析を行ったところ、MeHg傷害部位である顆粒細胞層は分子層に比してMeHg曝露下における超硫黄分子量が僅少であった3)。超硫黄分子はMeHgを捕獲・不活化し毒性防御に寄与するため、これらの結果は脳内の超硫黄分子の多寡がMeHgに対する感受性を規定する一因子であることを示唆した。

 

 

 
 

国水研は水俣病及び水銀の研究に特化した世界で唯一の研究機関として、今回のNIMDフォーラムで得られた示唆を参考に、今後の水俣病や水銀に関連する政策対応研究を発展させるとともに、今後もNIMDフォーラムを通じて研究の報告、意見交換、水銀を取り巻く世界的な流れ等を国内外に発信していきたいと思います。


  ○過去のNIMDフォーラム