魚介類とメチル水銀
Q
水銀はどのような元素ですか?
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A
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水銀は地球上では比較的よく見られる元素です。
水銀は、地球に比較的多く存在する、唯一常温では液体の金属です。火山の噴火や石炭などの燃焼からなどによって地殻から地表や大気に放出されて、海水中にも存在しています。水銀は昔からいろいろな場面で利用されてきました。たとえば、神社の鳥居や漆器などに塗られる朱の原料としてわが国でも古代から使われてきました。また、血圧計、体温計、温度計などにも使われてきたほか、一部の薬剤の原料としても利用されてきました。水銀とそのほかの金属の合金をアマルガムといいますが、すずのアマルガムは虫歯治療の充てん材としてわが国でも2000年頃まで使用されていました。
Q
メチル水銀はどのような物質ですか?
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A
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メチル水銀は自然環境で無機水銀から作られます。
水銀は大気中や土壌、海水中ではおもに無機水銀の形で存在しています。海水中に含まれている無機水銀は細菌などの働きで有機水銀の一種であるメチル水銀に変わります。無機水銀は消化管からほとんど吸収されませんが、メチル水銀はアミノ酸のひとつであるシステインと結びついて消化管から簡単に吸収され、身体の中でいろいろなところに入り込む性質を持っています。このため、脳の中に入りこんで神経細胞に傷害を与えたり、お母さんと胎児をつなぐ胎盤の関門を通り抜けて、胎児の身体にも入ったりします。
Q
魚やクジラにメチル水銀が蓄積されるのはなぜですか?
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A
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メチル水銀は水系の食物連鎖を通じて蓄積されていくからです。
海や湖などで微生物によって無機水銀から作られたごく微量のメチル水銀は、プランクトンなどに取り込まれます。プランクトンは小魚などの餌になり、メチル水銀も一緒に取り込まれます。小魚は小型の肉食魚が食べます。さらに、これを大型の肉食魚や海洋ほ乳類が食べます。これを食物連鎖と言いますが、この過程でメチル水銀が次第に蓄積されていくため、小型の魚に比べて大型の魚、草食魚に比べて肉食魚やクジラ・イルカなどではメチル水銀の濃度が高くなります。また、寿命の長い深海魚もメチル水銀の濃度が高くなる傾向にあります。そして、食物連鎖の頂点に位置する人間にも魚介等を食べることによってメチル水銀が入ってきます。それでも人間の体内のメチル水銀は微量なため、普通は健康に影響が出ることはありません。
Q
魚のどこの部分にメチル水銀は含まれているのですか?
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A
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メチル水銀は魚の赤身の中に多く含まれています。
環境中の有害物質の中には脂肪に溶け込むために脂身や内臓などに多く含まれるものもありますが、メチル水銀はこれらとは異なりアミノ酸と結合するため、アミノ酸から成り立つ蛋白質に含まれることになります。つまり、魚の中では赤身肉に多く含まれます。なお、メチル水銀は煮たり焼いたりといった調理によって分解したり除くことはできないので、魚などのメチル水銀を少なくする調理方法・食べ方といったものはありません。
Q
魚に蓄積している水銀は工場などが海を汚染した結果でしょうか?
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A
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自然界にある水銀のうち人為的に排出したものはごく一部です。
自然界にある水銀の大部分は、46億年にわたる地球の歴史を通じて火山活動などによって地殻から放出され、それが海に蓄積してきたものです。地球の歴史の方がはるかに長いため、魚介類等に蓄積している水銀のうち、人間が放出してきたものはごく一部と考えられます。しかし、石油や石炭などの燃焼によっても水銀が大気中に放出されるので、産業革命以後、環境中に放出される水銀の量は著しく増えました。わたしたちは人為的な水銀汚染を防ぐためにも、環境中に放出する水銀の量を減らす努力を続けることが大切です。
Q
工場からの水銀排出はどうなっているのでしょうか?
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A
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わが国では工場からの水銀排出には厳しい規制があります。
過去(昭和40年代前半まで)には工場から排出された多量のメチル水銀が海や魚を汚染し水俣病を発生させるという悲劇をもたらしましたが、工場などからの廃液に含まれる水銀について現在では厳しい規制があり、工場からの排水により日本の近海が水銀で汚染されることはありません。
Q
自分の体内にどれくらいのメチル水銀を蓄積しているか調べることができますか?
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A
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メチル水銀の蓄積量は髪の毛の水銀濃度で調べることができます。
ヒトは魚をはじめとする食物に含まれている微量のメチル水銀を毎日の食事で摂取しています。一方、体内に入ったメチル水銀は半分が70日で体外に排出されます。このうち、一定の割合で毛髪にも排出されるため、毛髪の水銀濃度を測定することで、体内に蓄積されているメチル水銀の量を推定することができます。日本人は魚介類をよく食べるため、欧米人などに比べるとメチル水銀を比較的多く摂取し毛髪の水銀濃度も高いですが、それでも直ちに健康に影響が出るようなレベルではありません。
日本人の毛髪水銀濃度分布
Q
なぜ妊娠中の人は魚介類の摂食に気を付けなければならないのですか?
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A
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お腹の中の赤ちゃんはメチル水銀に特に敏感だからです。
メチル水銀は神経系に作用しますが、お腹の中の赤ちゃんの神経系は発育中で、その影響を特に受けやすく、お母さんより高い水銀濃度になってしまいます。そのため、妊娠中のお母さんは過剰なメチル水銀を摂取しないよう、魚介類を食べる量や種類に特別に気を付けた方が良いと言えます。生まれた後の子どもはすでに影響を受けやすい時期を過ぎているため、それほど心配する必要はありません。また、メチル水銀はダイオキシンなどと違って母乳中には出にくいことが分かっており、授乳中のお母さんも心配する必要はありません。もちろん、男性や妊娠していない女性では問題はありません。
Q
赤ちゃんはメチル水銀の影響を受けやすいと言われていますが、妊婦さんはどのように魚を食べたら良いでしょうか?
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A
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食べるお魚の種類と量に気をつけて食べましょう。
魚介類(クジラ・イルカを含む)は、良質なたんぱく質や、血管障害の予防やアレルギー反応を抑制する作用のあるDHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)を多く含み、カルシウムなどの摂取源で、健康的な食生活を営む上で重要な食材です。ところが、魚介類(クジラ・イルカを含む)には、食物連鎖によって自然界に存在する水銀が高い濃度で取り込まれています。魚を極端にたくさん食べるなど、偏った食べ方をすることで水銀が取り込まれ、胎児に影響を与える可能性があることが、これまでの研究から指摘されています。
Q
微量メチル水銀の胎児影響に関する研究の現状はどうなっていますか?
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A
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微量メチル水銀の胎児影響については現在も研究が続けられています。
デンマークのフェロー諸島での調査によると、クジラ(ゴンドウクジラ)の肉などをたくさん食べて水銀摂取量が高い子どもほど、わずかに、体重・身長・神経系の発達が遅れると報告しています。一方、インド洋のセーシェル共和国での調査では、そのような影響はまったく見られず、むしろ魚などをたくさん食べた方が、子どもの神経系の発達がよかったとの結果も得られています。このように、魚などを通じて摂取されるメチル水銀による胎児の発育影響についてはまだ分からないことも多いのです。わが国は食生活も環境もフェロー諸島やセーシェル諸島と異なるので、わが国でも環境省などによりメチル水銀の胎児影響についての研究が行われています。